SHUYU
MOUNTAIN RANGE

修猷山脈
平成11年卒
梅北 拓郎

楕円球とラガーシャツと私

いまの私が居るのは修猷館ラグビー部のお陰である。そりゃ青春時代のよくある話だと思われるでしょうが、私の場合はもっと極端なお話だった。何を隠そう、私は元々ラグビー部に所属していなかったのである。それが1年次修了間際に無期停学となり、ラグビー部入部を復学条件として突きつけられ、半ば仕方なく2年生から入部したのだ。もちろん経験者ではなく戦力になるはずもなく頃合いを見て退部してやろうと目論んではいたが、敵(?)の術中にハマってしまい、まんまと卒部まで居座ってしまった。そして今、ラグビー部をテーマに半生を振り返りながらペンを握っている。人生とは本当に不思議なものである。

当時の顧問である岡本先生、瀬尾先生には、平成らしい今では考えられない愛の指導(笑)を賜り感謝してもしきれない。何よりも、得体の知れない素人を心温かく受け入れてくれ、そして今もなお強い絆で繋がる人生の友となってくれた同期のみんなには感謝の言いようもない。あの時、先生方や同期の仲間が居なかったら、そして受けれてくれていなかったら、私は間違いなく修猷館を卒業することも、まっとうな人生を送ることもなかったことだろう。人生を立て直してくれたあの1年半が、私の大切な宝である。

卒後20数年を過ぎた頃、同期のバイスキャプテン河手想志は40歳の年に帰らぬ人となった。小学校の教員として、ふたりの息子の父として、充実した日々を生きていた中で。正直なところ年代的には仕事に家庭にと疎遠になりつつあった我々だが、想志の旅立ちをきっかけに集まる機会を増やしており、命日前後の11月には想志に会うために顔を合わせている。
今回の100周年記念ジャージは同期全員(マネージャー、想志含む)11名分を購入させていただいた。
次の集いでは、全員ジャージ着用のこと!そして次なる節目の創部110年?120年?には全員で楕円球を追いかけよう!

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